高松高等裁判所 昭和60年(ネ)37号 判決 1988年4月27日
控訴人
武田敏夫
右訴訟代理人弁護士
岡田洋之
被控訴人
宗教法人若宮神社
右代表者特別代理人
吉田勇
右訴訟代理人弁護士
原秀雄
同
早渕正憲
主文
一 原判決を取り消す。
二 本件訴えを却下する。
三 訴訟費用は第一、二審とも特別代理人吉田勇の負担とする。
事実
第一 申立て
一 控訴人
(本案前の申立て)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
(控訴の趣旨)
1 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
(控訴の趣旨に対する答弁)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二 主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三丁表三行目の「余地はない。」の次に「宗教団体内における教団の財産をめぐる紛争は、その宗教団体内の自治規則があればそれに従い、それに疑問があれば、この団体の古来の慣習に従つて解決すべきであつて、民法の公益法人の運営管理を適用すべきではない。
被控訴人は仮代表役員を選任すべき責任役員が存在しなかつたと主張するが、昭和五五年五月一日、代表役員九鬼と責任役員西岡實両名による役員会において、総代として原田弘、武田重治、西岡實を選任し、次いで、右三名による総代会において、責任役員として控訴人、渡辺曻、益田茂一の三名を選考し、代表役員がこれを委嘱した。右六名の選任については、徳島県神社庁を経由して神社本庁統理に報告し、同年七月二〇日付で徳島県神社庁に登録されている。」を加える。
2 原判決三丁裏末行の次行に「2(一)被控訴人の代表役員九鬼は、控訴人らと共謀して、後記請求の原因三2記載の所有権移転登記をしたものである。また仮に控訴人らとの事前の共謀がなかつたとしても、十分な調査や意見の聴取もせず、神社財産を安易に所有権移転登記をしたのであり、神社財産について、十分な管理を怠つたものである。したがつて、代表役員九鬼が、控訴人に対して、右移転登記の抹消登記手続を請求することは、自らの管理責任を問われる結果になり、九鬼個人の利益と相反することは明らかである。」を加える。
3 原判決四丁表一丁目の「2」を「(二)」と改める。
4 原判決四丁裏四行目の「している。」の次に、「仮に、控訴人が主張しているように役員が選任されているとしても、控訴人以外の責任役員は、控訴人と共謀の上、前記移転登記をしたものであり、責任役員は全員、右移転登記の抹消について、特別利害関係人に当たる。また、総代についても、同様である。」を加える。
5 原判決四丁裏九行目の「一般法たる」を「仮代表役員の制度に最も近似している制度である」と改める。
6 原判決六丁裏八行目の「できなかつたため、五市郎の相続人である」を「できなかつた。そこで、五市郎の財産は、昭和二六年九月一〇日、すべて孫の控訴人に贈与されていることから、本件土地についても、」と改める。
第三 証拠<省略>
理由
一本件訴えの適法性について
被控訴人は宗教法人法に基づいて設立された宗教法人であるところ、本件の訴えは、民法五七条の規定に基づき被控訴人の特別代理人として選任された吉田の委任による訴訟代理人らにより提起された訴えであるので、まず、本訴が有効に提起されたものであるかどうかを検討する。
1 一件記録によれば、被控訴人の組織の概要等は、次のとおりであると認められる。
(一) 被控訴人は、昭和二七年一二月二七日、宗教法人法に基づいて成立した宗教法人であり、宗教法人神社本庁の被包括法人である。
(二) 被控訴人は、認証を受けた宗教法人「若宮神社」規則(前記事実摘示記載の「規則」)を備えており、これによれば、被控訴人の機関に関しては概ね次のように規定されている。
(1) 被控訴人には、責任役員四名を置き、そのうち一人を代表役員とする(規則七条)。
(2) 代表役員は、被控訴人を代表し、その事務を総理する(同八条一項)。
(3) 責任役員は、役員会を組織し、宗教上の機能に関する事項を除くほか、被控訴人の維持運営に関する事務を決定する(同条二項)。
(4) 代表役員は、被控訴人の宮司をもつて充てる(同九条)。
(5) 代表役員以外の責任役員は、氏子崇敬者の総代(以下「総代」という。)その他の氏子又は崇敬者で神社の運営に適当と認められる者のうちから総代会で選考し、代表役員が委嘱する(同一〇条一項)。右の責任役員の任期は四年とし(同条二項)、後任者が就任する時まで、なお在任する(同条三項)。
(6) 代表役員又は責任役員が宗教法人法二一条一項又は二項に該当するときは、仮代表役員又は仮責任役員を置く(同一二条一項)。
(7) 仮代表役員及び仮責任役員の選任は、前項に該当する者以外の役員が選任する(同条二項)。
(8) 被控訴人に総代三人を置く(同一四条)。
(9) 総代は、総代会を組織し、被控訴人の運営について、役員を助け、宮司に協力する(同一五条)。
(10) 総代は、氏子又は崇敬者で徳望の篤いもののうちから、役員会で定める方法によつて選任する(同一六条一項)。その任期は四年とし(同条二項)、後任者が就任する時まで、なお在任する(同条三項)。
(三) 被控訴人が、昭和二七年一二月二七日宗教法人法に基づいて宗教法人となつた当初は、代表役員に宮司である九鬼が就任したほか、その余の責任役員には、西岡實、原田亀平、武田平三郎が就任し、右三名が総代も兼務した。その後、責任役員及び総代の改選が一度も行われず、昭和三八年には武田平三郎が、昭和四八年には原田亀平がそれぞれ死亡したが、これらの代務者も選任されないままに推移した。
しかし、昭和五五年四月ころ、被控訴人の境内地に公会堂などの施設を建設することとなつたため、代表役員である九鬼は、これを契機に責任役員などの整備をしておく必要があると考え、前記西岡實と相談の上、同年五月一日、総代として原田弘、武田重治、西岡實の三名を選任し、さらにこれらの者の選任によつて、責任役員として、控訴人、益田茂一、渡辺曻の三名を選任した。
2 次に、一件記録によれば、吉田が前記の特別代理人に選任され、本訴が提起されるまでの経緯は、次のとおりであると認められる。
(一) 控訴人は、昭和五五年五月三、四日ころ、九鬼及び他の責任役員・総代らに対し、「本件土地は、大正一二年に控訴人の祖父五市郎が被控訴人から付近の土地と共に買い受けたが登記漏れとなつていた土地であると思うので、調べて欲しい。」旨の申し入れをした。
(二) そこで、控訴人を除くその余の責任役員及び総代は、右申し入れの事実を調査するため、被控訴人の財産目録を調べ、徳島市役所川内支所に赴いて本件土地付近の地籍図、土地台帳などを閲覧し、さらに原田弘及び武田重治らがそれぞれの父親などから伝え聞いていることを聴取するなどして調査検討した結果、控訴人の右主張は真実であると思われたので、全員一致でその旨の決議を行い、これに沿つた便宜的な手続として、同年五月二一日、本件登記を経由した。
(三) 被控訴人の氏子である吉田及び湯浅隆雄は、ほどなくして、右の登記が経由された事実を知り、同年六月ころ、九鬼に対し「本件土地は被控訴人のものであるから、控訴人に所有権を移転すべきものではない。」と強く主張したので、九鬼は、吉田らの勧めに従い、被控訴人の代表役員として本件訴訟代理人らに本訴と同趣旨の訴訟の追行を委任し、右代理人らによつて、同年七月一日、徳島地方裁判所に対し、控訴人を被告として本訴と同趣旨の訴訟(同裁判所昭和五五年(ワ)第一九二号)が提起された。
(四) しかし、九鬼は、右の訴え提起後、控訴人以外の責任役員及び総代を個別に訪ねて意見を聞いて回り、また、本件土地を見に行つた結果、やはり控訴人の言い分の方が正しいのではないかと判断したので、同月一一日、右訴えを取り下げた。
(五) そこで、湯浅隆雄は、同月一四日、徳島地方裁判所に対し、民法五七条に基づき、「吉田勇を被控訴人の特別代理人に選任する。」旨の申請を行い、その理由として「(1) 本件土地について本件登記がなされている。しかし、申請人ら氏子の有志が九鬼に確認したところによれば、九鬼は、同年四月中旬ころ、控訴人らから責任役員の登記と神社の境内地に建設中の公会堂の手続に必要であると言われたので、印鑑証明書を交付し、関係書類に押印したことはあるが、本件登記を認めたことも、右登記移転のための委任状や印鑑証明を交付したこともないとのことであつた。そこで、本件登記は、控訴人が、右の書類と印鑑証明書を利用して勝手に行つたものであることが明らかとなつた。(2) そこで、申請人ら氏子の有志は、被控訴人の代表役員である九鬼に対し、右登記の抹消を依頼したところ、同人は、これを承諾して、同年七月一日、徳島地方裁判所に対し、控訴人を被告として、右登記の抹消を求める訴えを提起したが、九鬼は、同月一一日、申請人らの氏子に相談もなく、右訴えを取り下げた。(3) 九鬼が、控訴人と共謀して本件所有権移転登記を行つたとすれば、控訴人に対して、抹消登記手続及び損害賠償の責任追及をすることは同時に自己の責任も明らかにされることになるから、被控訴人の利益と九鬼個人の利益は相反する。仮に右の共謀がなかつたとしても、控訴人に対し、裁判手続を通じて責任追及をすることは、自己が被控訴人の財産の管理についての注意を怠つたことを公にすることになり、今後、これを不法行為又は債務不履行として法的責任を追及されることとなるおそれがあるので、やはり利益が相反する。また、九鬼は、控訴人に対して本件登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しながら、後にこれを取り下げているので、今後新たに右と同趣旨の訴訟を提起することは、自己への責任追及を意味することになるから、この点からも利益相反である。(4) よつて、控訴人の抹消登記手続、仮処分、損害賠償につき、特別代理人の選任を申し立てる。」と主張した。
(六) 徳島地方裁判所は、同月二一日、右の申立てを理由があると認めて、民法五七条に基づき、吉田を被控訴人の特別代理人として選任した。
(七) そこで、吉田は、同月二二日、本件の被控訴人訴訟代理人らに本訴の提起を委任し、同月二三日、本訴が提起されるに至つた。
3 ところで、宗教法人法二一条一項は、宗教法人の代表役員が宗教法人と利益が相反する場合には、右代表役員は、当該事項について法人の代表権を有せず、この場合においては、規則で定めるところによつて、仮代表役員を選任すべき旨を定めており、被控訴人は、これを受けて、仮代表役員は、当該代表役員を除く役員が選任することと定めている(規則一二条二項)。したがつて、被控訴人においては、本来、被控訴人と代表役員九鬼との間に利益が相反する事項が生じた場合には、九鬼を除くその余の責任役員によつて、仮代表役員が選任されなければならない。
被控訴人は、本件において、控訴人に対して本件登記の抹消登記手続を請求する訴えを提起することは被控訴人の代表役員である九鬼の個人的利益と相反し、しかも、右規定に基づいて仮代表役員を選任することができないか、又は、事実上これが期待できない場合であるから、民法五七条に基づいて特別代理人を選任すべき場合であると主張する。
しかし、本件において、被控訴人とその代表役員である九鬼の利害が相反するかどうかはひとまず措くとしても、本件特別代理人が選任されるに至る過程において、申請人から、被控訴人の規則によつては仮代表役員が選任できないという主張がされた形跡はなく、被控訴人においてその規則に従つて仮代表役員を選任することができないような事情があるかどうかが検討されたことを窺わせる資料もまつたく存在しない。しかも、控訴人以外の責任役員は本件登記を行うについて役員会において賛成の意見を示したことはあるけれども、同人らが右のような意見を表明したのは、前記2(二)記載のような調査検討を経た結果であり、このような事情の下では、本訴追行のための仮代表役員を選任することにつき、右の責任役員らが実質的に利害関係を有するものとは認め難く、本件が、規則に従つて仮代表役員が選任できない場合であるということはできない。
また、仮に当該宗教法人の規則に定めた方法によつては仮代表役員の選出ができないとしても、一般に、そのような場合に、直ちに民法五七条に基づき、又はこれを準用して、裁判所に代表役員の選任を申し立てることができると解することも困難である。
すなわち、宗教法人については、その能力及び設立、管理から解散に至るまでが宗教法人法に詳細に規定されており、これらについて、民法の法人に関する規定を適用する余地は存しないから、民法の法人に関する規定と宗教法人法を一般法・特別法の関係と理解するのは相当でなく、したがつて、民法の法人に関する規定が宗教法人法の一般規定であることを前提として、宗教法人法及びこれを受けて定められた当該宗教法人の規則によつては仮代表役員の選任ができない場合には、当然に民法の法人に関する規定が適用されると解することはできない。
また、宗教法人法二一条一項が、民法五七条に近似する前提状況がある場合において、民法五七条、五六条による選任方法とは異なり、自主的に仮代表役員を選任する方法を定めている趣旨は、当該宗教法人の自主性を尊重しようとする趣旨に出でたるものである。さらに、過去に遡つてみても、民法制定時においては「民法中法人ニ関スル規定ハ当分ノ内神社、寺院、祠宇及ヒ仏堂ニハ之ヲ適用セス」(民法施行法二八条)との規定を設けて、古来の氏神や寺院については、民法の法人に関する規定を適用せず、従来の慣習に委ねることとされ、昭和一四年に制定された宗教団体法(昭和一四年法律第七七号)においても、民法五七条の規定は法人たる宗教団体に準用するが、その選任方法は当該宗教団体の規則の定めるところによることと規定され(宗教団体法一五条ただし書)、さらに宗教法人令(昭和二〇年勅令第七一九号)においても右と同趣旨の規定が設けられており(宗教法人令一七条ただし書)、宗教法人の仮代表役員の選任については、一貫して、民法五六条に基づき国家機関である裁判所がこれを選任する仕組は採られておらず、当該宗教団体の規則に基づいて選任するものとされてきた。このように、宗教法人の仮代表役員の選任については、各宗教法人の自主性を尊重し、努めて国家機関の関与が抑制されてきた趣旨を考えれば、仮に、当該宗教法人の規則によつて仮代表役員を選任することが困難な事態が生じても、単にその前提たる利益相反の関係が近似しているということだけから、その選定の方法についてまで、民法五七条、同五六条の規定を適用ないし準用して、裁判所による選任を求めることができると解するのは相当でなく、このような場合には、右規定の趣旨をできる限り忖度しながら、当該宗教団体内部における慣習などにより自主的な解決を図るべきものと解すべきである。
4 したがつて、本件において、裁判所が民法五七条、五六条の規定によつて吉田を被控訴人の特別代理人として選任したとしても、同人はそれによつて被控訴人を代表する立場にはなく、このような特別代理人の委任によつてされた本訴の提起はその効力を生じないものといわざるを得ない。また、前記の事情に照らせば、右の瑕疵については補正の余地はないと認められる。
二よつて、本訴は適法な訴訟係属がなかつたものとして却下すべきであるのに、これを看過し、本案についての判断をした原判決は失当であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、九九条、九八条二項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官市村陽典 裁判官福家寛は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官柳澤千昭)